愛を背にして





事の始まりはジャングルで、彼と漠然とした交流を持ち始めたのもここ。
賢人ロシオッティの有難い言葉を聞き終えたバドをなだめつつ、えもにゅーとしるきーに別れの挨拶を告げた時だった。



「おい」



振り返ると、仏頂面をした長い金髪の剣士がそこに立っていた。
どこかで見た顔だと一瞬考え込んだが、特徴的な髪型と緑色のスパッツのおかげですぐに思い出せた。
ついこの前、妖精に襲われていた修道女をこの男が助けたところを居合わせたんだ。
事情を知らないバドが不安げに見上げていたので、妖精大量虐殺事件の犯人だよと教えると
男はすぐに「あれは人助けだ」と断定口調で訂正し(わかってるさ)、こうも言ってきた。



「奴らはアーウィンの手下だ。悪魔の下に着くような悪党は祓わなければならない」



ご立派なことで、とオレは肩をすくめる。男はオレの投げやりな態度を気にせず、次の科白を口にした。
周囲のことは気にせず自分の道を突っ走るタイプなんだろうな。まあそのへんはオレも人のことは全然言えないけど。



「オマエに少し興味がある。少し行動を共にしよう」

「は?いや、それは……」



オレは思わず口ごもった。
この後の予定はこんないかつい男と過ごすようなもんじゃない。
どっちかっていうとバドやコロナのような、いわゆる家族みたいな暖かい存在との方が似合ってる。
それを幾つにも割れている腹筋を露わにするような変態スパッツ男と一緒だなんて、できることなら遠慮願いたい。



「悪いけど、これから家に帰るとこなんだよ。
果物の収穫とかペットの世話とかで忙しいから構ってらんないしさあ」



まあ手伝ってくれるってんなら話しは別だけど?とわざと意地悪く言ってみせて、オレはバドを促し踵を返した。
バドがいーんですか?とばかりに見上げてきたので、いーんだよとその頭を叩いてやった。
不服そうに睨んでくる幼い顔が可笑しい。更に進もうと足を上げたが、何故か前に進むことができない。
いや、原因はわかってる。魔法でも発動させて逃げようかとも思ったけど後が怖い。
諦めて、オレはひどく強く掴むその手を振り払い、変態スパッツ男を振り返った。もうホント、何なのコイツ。



「いいだろう。手伝ってやる」

「え、マジで?」

「……俺はエスカデだ」

「エスカデくんか。オレは――――」



見るからにプライドが高そうだったもんだから、オレもまさか引き受けるとは思ってなかった。
だから純粋に驚いたし、次に告げられた言葉には呆気にとられてしまった。



「オマエを英雄にしてやる」



英雄。
それは主に世界を救ったことで民衆から称えられ崇め奉られる存在。それと同時にオレから最もかけ離れた存在。
このエスカデくんとやらはオレをその英雄にしてくれるという。
……はじめは冗談かと思ったが、こいつの目は至って真剣だ。それに冗談を言うような顔でもない。
10秒に渡るにらめっこのあと、オレはバドを小脇に抱え一目散に逃げ出した。



「し、師匠!?」

「おとなしくしてろ!あいつはなんかもう、色々とヤバイ!
態度でかいし言ってることは滅茶苦茶だし極めつけはいい歳こいてスパッツだ!」

「そりゃオレもあれはビミョーだと思いますが、師匠、いくらなんでも逃げなくても」

「だってさあ考えてもみろよ、"英雄にしてやる"だぜ?お前あんな露出狂のお世話になりたいか?」

「……腹筋、ボコボコだったなあ」

「だろ!?」



ほらやっぱりそうだ、バドだってエスカデくんの異常さは感じ取っていたんだ。
ゾンビだのなんだのを掻き分けて逃げ続けるオレは、マナの女神からはいったいどんな風に映っているんだろうか。
嗚呼マナの女神さま、なんであんな罪深い男を創ってしまわれたんですか?
オレは今そのせいで言いようのない恐怖に陥っているというのに。もうホント、やばいってアイツ。
お祈りに耽っているうちに出口が垣間見えてきて、オレは安堵の溜め息を吐き出した。バドも同じだったと思う。
だけどオレらは甘かった。なんでエスカデくんがここにいるのかを考えてなかったんだ。
本当にオレらは甘かった。すぐ横の茂みからエスカデくんが飛び出してくるなんてこと、考えもしていなかったんだ。



「おい!なんで逃げ……」

「しっ、師匠!!怪人スパッツ男が!!」

「なんてことだ!エスカデくんがここの地理に詳しいなんて思いもしなかったァ!!」

「オマエら何を……」

「わかったぞ、君はロシオッティの元で住み込みで働いているんだな!」

「だからジャングルの地理はお見通しなんですね?さすが師匠!!」

「しかしオレの速度についてくるとはなかなかの足っ。約10個に及ぶぼこぼこ腹筋は侮れな……」

「人の話しを聞けえええェェェェェェ!!!!」



結局この後、エスカデくんの必殺技(地獄に堕ちろだったかな?)によって事態は収束した。
ちょっとした悪ふざけのつもりだったのに、彼ったらクジラトマトのように真っ赤になって怒ってしまった。
やあ、生真面目な人はこれだからいけないな。まったく冗談が通じないんだから。
……「英雄にしてやる」なんて、オレにとってあまり気持ちのいいものではなかった。
だけどオレはもっと早く気付くべきだった。気付いて、それから止めてやるべきだったんだ。







「……ひとりで突っ走ってきたが、どうやら限界のようだな」



哀を背にして、彼はつぶやいた。
憎い相手を目の前に膝をつき、剣の腹を地に付けて。その身体を血で真っ赤にして。
返り血ではないことは明白。駆け寄ろうとするオレの足をその声で止めて、彼は微笑んだ。楽しそうに。心から。



「"        "――――英雄になれ。オマエなら、できる……」



それからどしゃり、と音を立てて、彼の身体は崩れ落ちた。
オレの足が頼りない動作で動き出す。竜鱗製の槍が引きずられて、からからと小気味良い音を立てる。
傍らまで行くとオレの足は膝をつき、オレの腕はすっかりと肉塊と化した彼の身体を抱き上げた。



ああ。

エスカデくん、君は判っていたんだな。君はこの10年でそれを悟ったんだな。
己の力ではあの悪魔には敵わないのだと。愛しいマチルダを救うことはできないのだと。
いくら賢人のもとで剣を学んでも、いくら日々の修練を反吐が出るほど重ねても。どうしたって。
悪魔を討つことができる力を持つ誰かを探して、探して、探して、そうしてオレに辿り着いたっていうのか。



「だったら……なんでだよ?」



オレを誘わないで、どうして君はひとりでここに来たんだ。



「また、来たか」



低く、よく通る声。顔を上げると、ふさふさとした赤い毛に大きな角を生やした男がそこにいた。
マチルダと愛し合う悪魔――――アーウィン。間近で見ると悪魔独特の気迫がびんびんと伝わってくる。
けれどそこに、悪魔が持ち合わせるはずの邪悪さはなかった。



「俺は『人』という醜い種を滅ぼすために、この地上に生まれてきた。
消え去るべきが人の宿命。この大地から、多くを奪ってきた、奢れる者の宿命」



彼の遺体をそっと置き、オレはアーウィンと対峙した。ひゅん、と槍が鳴る。



「はん。言葉だけは悪魔だな。それで一人前のつもりか?」

「……まったく、人間には英雄気取りが多い」



アーウィンが吐き捨てた言葉が耳に届くと同時、オレは地を蹴って奴の懐に入っていた。
英雄気取り。その言い方がひどく気にくわなかった。



「微かな望みを懸けて彼はここに来た」



わざわざオレの手を借りずとも、悪魔を殺せるかもしれない。
そんな儚い望みを抱いてここに来た。



「あんたさえ殺せばマチルダは救われると、そう信じて。
英雄気取りなんかじゃない。ただマチルダを救いたかった。愛ゆえに、だ」



そう、彼が背負っていたのは"哀"じゃない。



「……オレも英雄気取りじゃない。エスカデくんに頼まれたんだ」



アーウィンが背負っているのも"哀"じゃない。



「あんたを殺して、オレは英雄になる」



狂おしいほどの"愛しさ"を背負ってたんだ。










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