英雄の名前





名を名乗れば相手は決まって目を剥き、驚きの声をあげる。
そして必ずといっていいほど、こう言うのだ。

まさか、あなたは――――
太古の竜を呼び覚ました悪魔を倒し――――
奈落から蘇った竜帝を滅ぼした――――


「この世界を救った、英雄さま!?」


ありがとうございますあなたさまのおかげで私たちは今ここに生きています
再び滅びの危機があればどうかその時はあなたさまのお力でひ弱な私どもをお救いくださいませ――――

お決まりの感謝の言葉と、反吐を吐きたくなるほど醜い媚び。

これはどうもご丁寧にありがとう。
言っておくけど、俺はあんたたちの思っているような大層なことはしちゃいないよ。



悪魔を倒した?
たしかに。

だけどそれは余計なことに首をつっこんだ結果で、
これでもかとこんがらがった四本の糸は一本残らず切れちまったよ。

竜帝を滅ぼした?
たしかに。

けれどそれは完全に巻き込まれた末にたどり着いた結末で、
俺はただあのドラグーンの姉弟を仲直りさせたかっただけなんだよ。



あんたたちが崇めてんのはここにいる俺じゃない。
とんでもなく尾ひれのついた噂の中で生きるもうひとりの俺だ。
愚かな民衆は崇拝の目で俺を見ることをやめてくれない。

名を名乗れば英雄扱い。特別扱い。
やめてくれよ。俺はそんな大層な人間じゃない。
悪魔を倒したのも竜帝を滅ぼしたのも、俺の意志じゃないんだ。



悪魔――――アーウィンを倒さなければならなくなったのは、単身挑んでいった馬鹿を追いかけてったからだ。
もちろん馬鹿は殺されちまったし、アーウィンは当然俺に刃を向けた。
殺らなきゃ殺られる。そう思ったから力の限り抵抗しただけだったのに。
血まみれの姿で寺院に戻れば、愛する悪魔の後を追うようにして若い司祭は空気に溶け込むようにして亡くなった。


竜帝――――ティアマットを滅ぼさなければなくなったのは、ただただ力を欲する獣人を救いたかったからだ。
利用されるだけされた獣人は醜い魔人の姿に変えられ、最後には俺と自分の姉に刃を向けた。
魔人と化した弟に自ら引導を渡した姉が哀れだった。そう思ったから手助けしただけだったのに。
導かれるまま走りティアマットを滅ぼせば、獣人とその姉が救われるのはずいぶん先のこととなった。



なあ、やめてくれよ。俺は英雄なんかじゃないんだよ。
余計なことに首をつっこんで、ただ巻き込まれて。
その中で必死に必死にあがいただけなんだ。英雄らしいことは何ひとつしちゃいない。
俺はあんたらと同じ、ちっぽけな人間なんだよ。どうして理解ろうとしてくれないんだよ。

やめてくれよ。そんな目で俺を見ないでくれよ。
なあ、お願いだからさ――――





「おいおい、そこらへんにしといたらどうだ」

「うるさい。取り込み中だ」

「レイチェルはもともと無口な子なんだ。脅かしたらいつも以上に無口になる。
もっと口の軽い、おしゃべりな奴をさがしたらどうだ?」

「おしゃべりな奴?」

「そう、たとえば俺とか。なんか困ってんだろ?よかったら手助けしてやるよ」

「でもオレたちに関わると……いや、ありがとう。助かるよ!
オレは瑠璃だ。パートナーをさがしてる。真珠姫といって……よく迷子になるんだ」

「おう、よろしくな瑠璃。俺は――――」



名を名乗るだけでそんな目で見るのならば、こんな名前は捨ててしまおう。



「――――俺は、クライムだ」



Crimeを――――"罪"を、背負わせてくれ。



「女の子か……モンスターに遭ったら大変だな」

「ああ、急ごう。真珠が心配だ」



こんがらがった四本の糸をほどけなかった、生き別れたドラグーンの姉弟を救えなかった俺に。
罪の名ほど、英雄にふさわしくないものもないだろう?









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