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ガイアの知恵
「へぇー。師匠、珠魅に会ったんだ」 「珍しいね珠魅なんて。もうほとんどいないと思ってた」 バドくんとコロナちゃんはやっぱり知ってた。歴史の授業があったのかもしれない。 「うん、ぼくもびっくりしたよ、ちゃんと騎士と姫の組だったし」 「へえぇ。ますます珍しい」 ぼくはロールキャベツを口に運んだ。おいし。ほんとにバドくんたちが作ったのかって疑っちゃうくらい。 家に帰ると準備はもうすっかりできてて、ぼくにできることといえば手袋と頭巾を脱いで手を洗うくらいだった。 メニューはアルマジロキャベツと獣肉のロールキャベツ、ツノガイニンジンのスープ、 イルカキューリとクジラトマト、ハリネズミレタスのサラダ。それからパンに牛乳。きみらほんとに7歳? しっかりしてるよね、ほんと。お父さんお母さんを早くに亡くしてるからだろうな。 じゃなきゃこんなにしっかり者にはならないと思うんだ。あ、でも、亡くしてから間もないっぽいよね。 ってことは元からかあ。えらいなあ。ぼくがきみらくらいのころなんてね、そりゃもう情けなかったよ。 鼻水垂らしてたし、ひとりで満足に物を食べることも……… 「そうだ師匠。聞きたいことがあるんだけどさ」 ん、とぼくは顔を上げた。バドくんはもう珠魅の話には興味がないみたい。 「あそこ!……何の部屋?」 バドくんが指差したのは階段脇にあるドア。 答えようとパンを飲み込むと、ぼくはバドくんのちょっとした異変に気づいた。 だ、だってやけに期待に満ちた、おもいっきりきらきらした目でぼくを見上げてるんだ。 いったいどんな答えを期待してるんだろう。というよりは、なんか違うんだよね。 あの部屋は何なのかっていう答えじゃなくて違う意味での期待のような……まあ、いいやそのへんは。 「あそこには本がたくさん置いてあるんだ。えぇと、なんて言うかな。んーっと……」 「書斎!書斎だよ師匠!」 「ああ、そうそうショサイ。よく知ってるねぇバドくん。まるでほんとに見たみたい」 へへ、とバドくんは鼻の頭を掻いた。どうやらぼくの留守中にこっそりのぞいたみたい。 あはは、コロナちゃんもあきれた顔してるよ。 「それでさ師匠!その書斎なんだけど……」 いくらぼくでもこれにはぴんと来たよ。だからバドくんの頭に手を置いて、にっこりと笑ってみせた。 「いいよバドくん。自由に使ってよ」 「やったー!ありがとう師匠!」 「ルークさん、いいんですか?あんなこと言っちゃって、バドが調子に乗りますよ」 「いいんだよ。ぼくも最近外にでることが多いし、本だって読まれるためにあるんだもん。 もちろんコロナちゃんも自由に読んじゃっていいんだからね」 すみません、とコロナちゃんが申し訳なさそうにほほえんだ。……うーん、なんだかなあとぼくは思う。 そりゃまだ一緒に暮らし始めてから二日間しか経ってないけど、うーん。 そろそろコロナちゃんの心からの笑顔が見たいなぁ。バドくんはたくさん見せてくれてるのに。 こればっかりはしょうがないのかな。はやくなかよくなれるようにがんばらなきゃ。 ごはんの後片づけはふたりに任せて、ぼくはお風呂などをすませたあと二階で休むことにした。 あんなおおきなおさるさんと戦って疲れちゃったしね。それにサボテンくんに今日のことをお話ししなきゃ。 サボテンくん、ただいま。今日は珠魅の騎士とお姫さまに会ってきたよ。 手袋や頭巾、脱いだ防具を机の上に置くと、ぼくはさっそくサボテンくんの前に座り込んだ。 るりるりが問いつめてたレイチェルちゃんからアーティファクトをもらったことや、 それから実現させたメキブの洞窟で会った女の人のことや、その奥の奥で戦ったおおきなおさるさんのこと。 そしておさるさんを倒したあと、るりるりや真珠姫ちゃんとの会話やもらったアーティファクトのこと。 ぜんぶを話し切ると、サボテンくんはまんぞくそうなようすで一言つぶやいた。 「迷子も楽し」 あははは、真珠姫ちゃんはそうかもしれないね。 でもあのやりとりを見るに何回も迷子になってそうだよね。るりるりも大変だなあ。 この呼び方だと怒るんだよねぇ、るりるり。また会うかもしれないから別の呼び方を考えとかないと。 そういえば、と思い出す。ニキータくんにもらったアーティファクトの実現がまだだったんだ。 寝る前にちょっとやっておこうかな。確か「炎」と「獣王のメダル」だったよね。 お道具箱の中をごそごそすると簡単にみつかった。よし、それじゃさっそくはじめよう。 まず「炎」から。手に取ってみても熱くないのがふしぎだなあ。そんなことを思いながらぼくは目を閉じた。 聞こえてきたのは止むことのない風の音。強くもなく弱くもなく、ほっぺをやさしくなでてゆく。 赤茶色の大地、道々で燃える炎、断崖にそびえ立つ大きな建物。ステンドグラスからふりそそぐ色鮮やかな陽の光。 険しい山道、薄暗い洞窟、抜けた先にあるのは小さな虹をつくりだす滝と美しい翼を持った大きな鳥。 イメージが膨れあがる。こころが訴えてくる。ああ、ここは―――― 「"断崖の町、ガト"」 その名を口にしたとたん、確かに手のなかにあったはずの「炎」の感覚が消えた。 おそるおそる目を開けて確認する。うん、なくなってる。実現は成功だね。 断崖の町ガトかあ。そういえばこの前会ったダナエさんはガトの出身って言ってたような気がする。 ダナエさん、賢人のお話しはきけたかな。それともまだドミナにいたりするかな? お手伝いをしてあげたいと思うぼくはおひとよしってやつなのかなあ。でも人の役に立つことはいいことだよね。 だってダナエさんはほんとに困ってたし、ニキータくんみたいに人を騙したりなんてしなさそうだし! よーし、明日はダナエさんのお手伝いに決定。ドミナにいたらの話しだけどね。 それじゃ「獣王のメダル」を実現したらさっさと寝ちゃおう。 アーティファクトを手にとって目を閉じようとしたところで階段を昇る音が聞こえてきた。 足音はひとつだけだから、バドくんとコロナちゃんのどっちかだね。 ぴょこんと元気よく顔を見せたのはバドくんだった。コロナちゃんはどうしたんだろう。 「バドくん、コロナちゃんは?」 「寝る前に明日の朝飯の支度してるってさ」 「そっかあ、明日が楽しみだなあ。今日のごはんもおいしかったし」 「あいつ家事だけはうまいんだよね。魔法はオレとおんなじでヘタクソなのにさ」 「どんな人にも得意なことはあるよー。ぼくは家事はてんでだめだけど、戦闘にはちょっと自信があるし」 「やっぱりそんなもんすかねえ。……ん、師匠。それ」 バドくんがぼくの手のなかの「獣王のメダル」を見つけた。 ランプの光にあたって緑や赤、いろいろな色に光ってたから目をひいたんだね。 「うん、前にニキータくんっていう商人のお手伝いをした時があってさ。 300ルクで買えたんだから悪い買い物じゃなかったな。他のガラクタも押しつけられたけど」 「そうじゃなくて!……それ、アーティファクトだよね?」 「?うん」 「すっげえ!!!オレ、本物なんて初めて見た!!」 バドくんが身を乗り出して叫んだ。さっきの書斎とはくらべものにならないくらい目がきらきらしてる。 やっぱりアーティファクトって珍しいものなんだ。50000ルクで売りつけようとするくらいだもん、そうだよね。 メダルって落ちて壊れるようなものじゃないよねってことで、ぼくはバドくんにそれを渡してあげた。 するとバドくんはますます興奮して、「うわあぁ」と感激の声をあげた。 「師匠、よくこんなもん持ってんなあ。アーティファクトなんて今時なかなか見られないってのに!」 「そ、そうなの?」 「そうだよ!先の戦争であっちこっち散らばっちゃっててさ、見つかったとしても既に魔力を失ってたりして 使い物にならない物の方が多かったりするんだ。これからは凄い魔力が感じられる……すげえなあ」 これってそんなにすごいものだったんだ。実現しちゃっていいのかな。 う、うーん、なんだかためらっちゃうなあ。でもイメージするの楽しいしなあ。 うんうん困って悩んでいると、ちょっと期待が込められた目をしてバドくんが言った。 「なあ師匠!もしかしてアーティファクト使えたりする?」 「え?」 使う……イメージして実現することも使うっていえるよね、きっと。 ぼくがうんと頷くと、バドくんはますます目を輝かせた。 「すっげえぇ!!!!師匠がアーティファクト使いだったなんて!!!」 「え?え?」 「師匠、知らないの!?アーティファクト使いなんて今時めったにいないんだよ!」 「そ、そうなの…?」 「そうだよ!先の戦争じゃそこらじゅうにごろごろしてたけど今じゃさっぱりさ。 アーティファクトを使えるだけのイメージの持ち主なんてそうそういるもんじゃない! オレってば知らないうちにこんなすごい人を師匠にしてたなんて。やっぱり大魔法使いの器はこうじゃなくっちゃ」 「だ、だいまほうつかい?」 「そう!オレ、いつか大魔法使いになるのが夢なんだ!」 その勢いに思わずきょとんとしてしまったぼくを後目にバドくんの口はまだまだ回る。 「父さんの魔法を見様見真似でやってみたりとか、まだ読めなかった本もムリヤリ読んでみたりとか無茶してさ。 そりゃ学園じゃけっきょくオチコボレだったけど、そんなことであきらめるオレじゃない!」 昔っからの夢なんだ、とバドくんはにっこりと笑って言った。 小さなうちからこんな大きな目標をもってるなんてすごいなあ。やっぱりしっかりしてるよ、バドくん。 「バドったらまぁたそんなこと言っちゃって」 「あ、コロナちゃん」 階段からコロナちゃんがあらわれた。今のおはなし聞かれてたみたいだね。 「オチコボレのあんたが大魔法使いになんてなれるわけないでしょ。 いつもカシンジャ先生に怒られてばっかりだったじゃん。現実を見なよ現実を」 「うるっせえなぁ!コロナだってオチコボレだったくせに!」 「ま、まあまあ。けんかはよくないよ、やめようよ。ゆめをもってるのはいいことじゃない。 毎日だらだら暮らしてるだけのぼくにくらべたら、バドくんはえらいとおもうな」 「にしし、さんきゅー師匠」 「もう、ルークさんはバドを甘やかしすぎです」 コロナちゃんをいさめつつ、ぼくは「獣王のメダル」をお道具箱のなかに戻した。 なんだかんだでねむくなってきちゃったし、実現は明日でもいいかなって思ったんだ。 ふたりよりも一足先にベッドにもぐりこむ。うー、ちょっとつめたい。 「師匠、もう寝ちゃうの?アーティファクト使うとこ見たかったのに……」 「ルークさんは疲れてるの。我慢しなさいよ、バド」 「ちぇっ」 バドくんとコロナちゃんもごそごそと布団にもぐる。 すねてるバドくんになんだか悪い気がして、ぼくはひとつ約束をすることにした。 「ごめんねぇバドくん。明日には見せてあげるから」 「ほんとに!?」 「ほんとほんと。約束するよ〜」 「やったぁ!絶対の絶対に約束だからな、師匠!」 うん、とぼくがうなずくとバドくんはすごくうれしそうに笑ってくれた。 ぼくもそれに笑顔を返して、身を乗り出してランプを消した。部屋に一気に暗くなる。 おやすみをすると、同時にふたりのおやすみが返ってきた。ふふ、かわいいなあ。 うん?今のコロナちゃんのおやすみ、なんだか妙にかたかったなあ。 ちょっとバドくんにかまいすぎたかなあ。そうだよね、コロナちゃんだってまだこどもなんだもん。 しっかりしてるようにみえるけどまだ7歳なんだ。おとうさんとおかあさんもいないし……。 どうしよう、ぼくのこと怒ってるのかもしれない。明日の帰りにでもなにか買ってきてあげた方がいいかなあ。 でもなにがいいだろう。女の子のプレゼントなんてわかんないよ。 うんうん悩んでるうちにまぶたが重くなって、ぼくは気がついたらゆめの世界のなかへまっしぐらだった。 *** 次の日、ぼくは準備もそこそこにドミナの町へとむかった。 ダナエさん、どこかなあ。昼間からお酒を飲むような人じゃないと思うから……いるとしたら宿屋かな? だけど宿屋なんてどこにあるかさっぱり。とりあえずどこかに入って道を聞いてみよう。 まだ未成年だし、酒場はよくないよねってことで、ぼくは酒場の隣にあるおうちに入ってみた。 ドアの取っ手を引いて入ると、「いらっしゃいっス〜」の声がぼくをむかえた。 目の前にいたのはチョコボのヒナみたいな外見をした女の人(……だよね?)だった。 「こんにちはっス。あたしはこの宿屋の主人のユカちゃんっス」 「ぼくはルークっていうんだ。よろしくね、ユカさん」 「気軽にユカちゃんって呼んでほしいっス」 気さくなひとだなあ。で、やっぱり女の人でよかったみたい。 そうだよね、頭におっきなリボンつけてるし。 あっ、そういえば宿屋って言ってたよね。よかった、さがす手間がはぶけたよ。 「ね、ユカちゃん。ここにダナエさんっていうひと、泊まってないかなあ」 「ダナエさんっスか?ちょっと待ってくださいっス」 ユカちゃんはカウンターの上においてあったノートを取ると、ぱらぱらとめくりはじめた。 ……あのおっきなはねでよくつかめるなあ。器用なんだね。 やがてユカちゃんのページをめくる手がとまった。みつけてくれたのかな? 「あったあった。確かに記録されてるっス」 「ま、まだいるかな?」 「大丈夫っスよ。ダナエさんはあそこの部屋に滞在してるっス」 「わかった!ユカちゃん、ありがとう」 ユカちゃんにお礼を言うと、ぼくは指し示された部屋の前に立った。部屋の場所はカウンターのすぐ横だ。 やっぱりノックはした方がいいよね。いきなり開けちゃうのは失礼だもん。 木でつくられてるドアをけーかいに叩くと、すぐに「どうぞ」って声がこたえてくれた。 よし、それじゃえんりょなく。がちゃりと開けてばたんと閉めると、まず目に入ったのはベッドだった。 あれ、たしかダナエさんはひとりだったよね。なんでベッドがふたつあるんだろう。 まあいいや、今はそんなことどうだっていいよね。 「こんにちは」 「わ!こ、こんにちは!」 いきなり左方向から声が聞こえたもんだから、ぼくはびっくりして少しとびのいてしまった。 ダナエさんはドアのすぐ近くに置いてある椅子にすわって、なにかの本を読んでいた。 それですぐには見つけられなかったんだね。ああ、びっくりしたぁ。 「ごめんなさい、驚かせちゃったわね」 「う、ううん」 「……あら?もしかして前にも会ったことがあるかしら」 「3日前にリュオン街道で会ったよ」 「ああ、あの時の!あの時はごめんなさいね、突然変なことを聞いてしまって」 ぼくがそんなことないよとこたえると、ダナエさんはにっこり笑ってありがとうと言ってくれた。 やっぱりきれいな人だなあ。ちょっとみとれちゃうかも。 「それで、私になにか用かしら?」 「あ、うん!あのね、賢人に話しは聞けたのかなーって。迷ってたみたいだったから」 「……それが、まだなの」 ダナエさんが困ったように笑ってそう言う。 やっぱり真実を知ることがこわいのかな。真実って、どんな真実だろう? ちょっぴり考え込んでいるとダナエさんがぼくをまっすぐに見つめていることに気づいた。 リュオン街道の時とおんなじだ。 「ね、ちょっと聞いていいかしら」 「?うん」 「アナタ、マナの木について何か知ってる?」 マナの木。 確かこの世のじくじくしたことを吸い取ってきれいにしてくれてる木のこと、だよね。 木から生まれるらしいマナの剣には、人のねがいをかなえてくれるちからがあるとかないとか。 といってもおとぎ話しだから本当にあるのかもわかんないんだけど。 ぼくはマナの木について何も知らない。だからダナエさんの質問にはNOと答えた。 「マナの木なんてどこにもないことは、わかっているんだけど、友達を助けたいの。 マナの木があれば、もしかしたらって……そんな気がしただけ。……もうひとつだけ、いいかしら?」 当然、ぼくは縦に首を振る。 「死んだら魂はどうなってしまうと思う?」 ……うーん、すごくむずかしい質問。 人は大きくふたつに分けて肉体と精神でできてるっていうのを本で読んだことがある。 この場合だと精神イコール魂って考えでいいのかな、うん。 肉体は死んだらなくなっちゃうのは確か。だけど魂はどうなんだろう。 なくなっちゃう……のかなあ?なんか違う気がするなあ。だって死イコール消滅にはつながんないもん。 それに死んだら奈落ってとこに落ちるっていうのも本で読んだんだ。だから―――― 「魂はなくならないと思う」 「そうでしょう?今までに何度もケガをしたけど魂までは傷つかなかったもの」 ぼくと同じ意見だったことがうれしかったのかな?ダナエさんはほっと安心したような笑顔を見せた。 そうして次には迷いなんてすっかりない声と表情で、きっぱりと言ったんだ。 「この魂がなくなるなんて、私は信じない。私、やっぱりガイアに会うわ」 よかった。ダナエさんは決意をかためたみたいだ。 だけどぼくはちょっとだけ不安だった。 ダナエさんはけっしてよわい人じゃないと思うんだけど、なんだかどこかあぶなっかしいっていうか。 だから、図々しいかな?とは思うけど、ちょっとした提案をしてみたんだ。 「ダナエさん、ぼくもいっしょに行っていい?」 「え?」 「あっ、だ、だめだったらいいよ。……あのね、ひとりで考えちゃうからだめなんだと思うんだ。 迷いがふりきれたっていってもさ、やっぱり時間がたっちゃうと……ね? こういうのはやっぱりそばにだれかいた方がいいかなって思うんだ。うん、だめならいいんだけど……」 うー、ダナエさんびっくりした顔してるよ。 そうだよね、いきなりしらない人にこんなこと言われても困っちゃうよね。 だけどぼくの考えは見当違いで、ダナエさんはにっこりと笑ってOKしてくれた。 「ありがとう……アナタならそう言ってくれると思ってた。いっしょに行きましょう」 「う、うん!」 こうしてぼくとダナエさんはいっしょにリュオン街道の賢人に会いに行くことになった。 ダナエさんがしんぱいだったっていうこともあるけど、ぼく自身賢人に会ってみたかったんだよね。 それにちょっとしゅみが悪いけど、ダナエさんの悩みも知りたかった。 真実を知ることをあれだけこわがってたから、いったいどれだけ深いことなんだろうって思ってたんだ。 これ、ダナエさんにはないしょだよ。だってダナエさんって怒ったらこわそうなんだもん。 *** 彼が同行を申し出てくれたのは正直嬉しかった。 私自身まだ不安を感じていたし、ガイアに会う手前で怖じ気づいてしまう確信があったから。 だからおどおどしながらも「一緒に行きたい」と言った彼の申し出は本当に嬉しかったし、好ましくもあった。 それがたとえ、私の悩みを知りたいという好奇心からだとしても、だ。 リュオン街道の入り口に到着したところで、ルークが「あ」と声を上げた。 なんだろうと視線を手繰ってみるとなるほど、こんなところにはおよそ似合わない少女がそこにいた。 編んだ栗色の髪を白いドレスにたらしているその少女はどこか危なっかしい雰囲気で、 視線をふわふわと漂わせて迷っている様子だった。それに加え、胸元の大きな真珠のペンダントが目を引いた。 知り合いなのだろうか、ルークがその少女に歩み寄っていく。 「真珠姫ちゃん、こんなところでどうしたの?」 「あ!ルークおにいさま!あ、あのね……わたし…また、まいごになっちゃった」 また、ということは何度も迷子になっているのだろうか。 ひとつひとつの仕草や声がかわいくて、なんだか守ってあげたくなるな、と見当違いのことを考えた。 「あの…ルークおにいさま。ここは……どこなの?」 「ここはねえ、街道っていうんだよ」 「か、かいどー?……そ、そうなの……」 真珠姫、というらしい少女のふんわりとした雰囲気と鈴が転がるようなかわいらしい声と 17、8歳ほどの外見には似合わぬ、ルークののびのびとした雰囲気と言葉遣い。 まるで春の日溜まりのようだ。 やがて真珠姫はルークに教えられた道を頼りにドミナの方向へと歩いていった。 君のパートナーがさがしにきてるはずだよ、と言って。 「ダナエさん、おまたせ〜」 「いいえ。彼女とは知り合い?」 「うん。昨日パートナーとはぐれてたところを見つけたんだ。 見つけたと同時にパートナーもきたから届ける手間はいらなかったんだけど……」 それにしても昨日の今日で迷子になるとは思わなかった、とルークは歩きながらぼやく。 かなりの方向音痴なのか、それとも迷い癖があるのか……なんとも不思議な少女だ。 それにしてもパートナーという言い方に何か引っかかる。 一緒に旅をしているのなら、「仲間」という言い方でもいいと思うのだけれど。 表現の違いなのだろうか。まぁ気にすることでもないだろう。 「ところで、彼女はあの格好で旅をしているの?」 あまり旅には向かない格好だと思うのだけれど、と私はルークに問う。 「うん。パートナーといっしょになかまをさがしてるんだって」 「…?どういうこと?」 意図的に言い分けていたのか。いったいなぜ? 問うと、ルークは少々逡巡する様子を見せたが、やがてひとり頷くと口を開いた。 「……さっきの真珠姫ちゃんね、珠魅族なんだ」 「珠魅、族?本当に?」 胸の宝石を核として生きている種族。話しには聞いたことはあったが、まさかまだ生き残りがいたなんて。 あの大きな真珠はペンダントではなく、珠魅の命そのものである核だったようだ。 てっきり珠魅狩りに根こそぎ狩られてしまっていたのかと思っていた。 そうでなくとも最近はひとりの宝石泥棒が犯行を重ねていると聞いているし……。 「さっきの真珠姫ちゃんは名前どーり真珠の核をもってるんだ。パートナーの騎士の瑠璃くんはラピスラズリ。 この話しはほかのひとにはしちゃだめだよ。あのふたり、なんだか核を隠す気がないみたいだし」 「ええ、わかったわ」 頬を膨らませるその様子がなんだかおかしくて、私は思わず微笑んだ。 瑠璃と真珠姫の正体は明かしたことから、ルークは私のことを信用してくれているらしい。 そのことも重ねて嬉しかった私は綻ぶ口元を隠すことができなかった。 こんな物騒な世の中、彼のような気持ちの良い人間がまだいたことが嬉しく思えてしかたがない。 小さな笑い声が漏れて、頭が揺れる。耳飾りの鈴もそれに合わせて涼やかな音をたてた。 「な、なに?ダナエさん、どうしたの?」 ルークが怪訝そうに私の顔を覗き込んでいる。 私は落ち着くまで笑ってしまうと、彼を振り返って「なんでもない」と告げた。 それでも(当然だが)彼は納得できないとばかりに首を傾げていたから、 本当になんでもないのだと告げると、察してくれたのか「そっか」と笑って返してくれた。 やがて、初めて言葉を交わした分かれ道へとたどりついた。思わず足が止まる。 左へ進めばガトへ、そして右に進めば大地の顔ガイアと呼ばれる賢人へと会うことができる。 どくん、と心臓が跳ねた。私の問いにガイアはなんと答えるのだろう。 既に手遅れだという諦観の言葉か、まだ手は残されているという希望の道標か。 ……どちらにしても私は行かなければならない。今はひとりじゃない、隣に彼がついていてくれている。 心配そうに顔を覗き込んでいるルークに微笑みを返して、私はその一歩を踏み出した。 一瞬遅れて、ルークが隣に並ぶのが視界の隅に見えた。不思議な少年だ、と私は人知れず思う。 外見に似合わない幼い言葉遣いや仕草、そしてまた似合わぬことに槍を振るい、モンスターの血を浴びる。 彼が戦いの中に身を投じる戦士なのだということを、あの無垢な顔から一体誰が想像できるだろう。 私もはじめて会った時は、彼の背中にある槍の存在を素直に目視できなかったのだ。 そういえば道々で遭遇したモンスターと戦う時、彼からは殺意というものが感じられなかった。 どちらかといえば、そう。まるで幼い子どもが地を這う蟻を次々と踏みつけるような、悪意のないそれに近い。 無邪気さゆえの残酷さ。ルークはそれを未だに持ち合わせているのだろうか。 そう考えた途端――――いいえ、錯覚に過ぎないのだけれど。 隣で蝶の動きを目で追っている少年が、なぜだかひどく恐ろしいものに感じられた気がした。 *** ひらぁりひらぁり空をおよぐちょうちょを目でおっかけてると、道のむこうに何かが見えた。 なんだろう?おっきな岩に見えるけど……ダナエさんに聞いてみると、どうやらあそこにいるのが賢人らしい。 なんだかわくわくしちゃうなあ。だけどダナエさんはやっぱり緊張してるみたい。 真実を知るのがこわいって言ってたよね。そうだよねぇ、ほんとのことを受け入れるのってとっても勇気いるもんね。 ダナエさんが緊張するのもわかるよ、うんうん。でもだいじょうぶ、きっとすぱっと解決してくれるよ! ……だけどぼくは賢人と会ったとたん、ぽかんと口を開けてしまった。 大地の顔ガイア。ただの通り名じゃなくて、まさかそのまんまだとは思わなかったよ。 そう、さっきのおっきな岩がガイアだったんだ。目も耳も鼻も口もちゃあんとある。 だけど今はねてるみたい。目を閉じて、ぐうぐうといびきをかいている。岩もねるんだねぇ。 ガイアの姿を知ってたのか、ダナエさんは緊張はしてるけど平然と歩み寄った。ぼくもおそるおそる隣にならんだ。 すると、ぼくたちの足音に気づいたのか、ガイアがゆっくりと目を開けた。 「おお、よく来てくれた。子どもたち。さあ、もっと近くへ……」 「はい」 ダナエさんが返事をしたとたんだった。 ただの岩だと思ってた足元の地面がなんと手のひらの形になってうきあがったんだ! あまりにとつぜんのことだったから、バランスをとれなかったぼくの体はどしゃりとしりもちをついてしまった。 だっていきなりぐらぐらゆれるんだもん。びっくりしちゃったよ。 顔を上げると、ガイアのほんとーにおおきな顔が目の前にあって、ぼくはまたびっくりする。 だけど、ごつごつした岩の表面にガイアの目を見つけた時、ぼくはあきれるほどあっさりと安心してしまったんだ。 すごくきれいなひとみなんだよ。雪どけ水みたいに透明で、なんでも見通されちゃいそうな……。 それを見たとたん、ぼくはあっと思い出した。そうだ、ガイアのことなら本で読んだことがあるじゃないか。 このファ・ディールができたころにアニュエラって人が岩山に命をふきこんで生まれたのがガイア。 それから今の今までずっとずぅーっと生きてて、他の誰よりも長生きなんだよ。 この星の知識はガイアの知識のみなもと。この星が知ってることはガイアも知ってるんだ。 「こんにちは。私にわかることなら何でも答えよう」 地面の底から響くような低い声。だけど同時に、とってもやさしい。愛にみちあふれてるって感じ。 ダナエさんはくっ、と顔をあげて、ガイアの目をまっすぐに見つめた。 やさしくほほえんでるガイアもおんなじように、ダナエさんをまっすぐに見つめる。 「私の友達が悪魔の呪いを受けて命を落としかけています。助けてあげたいの。私はどうしたらいいの?」 悪魔の、呪い。 想像以上に重いことばがでてきて、ぼくはごくんとつばをのみこんだ。 「その友達が望むことをすればいい」 「いいえ。彼女は私に何か求めたりしないの。彼女はそれを運命と受け入れる気なの」 「ならば、それを受け入れなさい。あなたはその人の言葉を理解しましたか?」 「理解なんてできない!諦めるなんて弱い心から生まれてくるものだわ!」 ぼくはびっくりして隣を振り向いた。 あんなにおだやかで冷静なダナエさんが、まさか声をあらげるなんて思わなかったから。 ダナエさんは振り向いたぼくのことを気にするそぶりもなく、ガイアに向かって声をはりあげた。 「彼女は私よりずっと強い心を持っていたのよ!悪魔が彼女を変えたの! 私は彼女を元に戻したいの!今の彼女は、もう今までとの彼女とは違うの……」 ふっ、とダナエさんの顔が下を向く。その表情はとてもつらそうだった。 ガイアを見てみると、さっきとおんなじやさしいほほえみをうかべてダナエさんをじっと見つめていた。 何かことばをさがしてるようには見えない。はじめから言うことを決めてるみたいだ。 もしかしたら、ほんとにガイアはなんでもお見通しなのかもしれない。 ダナエさんの友だちのことも、ぼくたちがここに来ることも、ダナエさんが何を言うかも。 ……そんなわけないか。もしそうだったらこわすぎるもんね。 「人は自分を自分で決める力を持っている。あなたはそれを知るべきだ。 その人はあなたに色んなことを教えようとしている。それに耳を傾けなさい」 「……。ありがとう……もう少し、冷静になってみます」 さっきとはちがう、今にも消えちゃいそうな声。……ダナエさん、だいじょうぶかなあ。 「ところでルーク」 「わっ!?ぼっ、ぼく?」 「そう、君だ」 びっくりした、まさか話しかけられるなんて。 なんだろう?ぼくはべつに相談したいことはないんだけど……。 「君の家の近くに、年老いた木がひとりいるはずだ」 「えっ?」ひとり? 「彼も君の力になってくれるだろう」 またいつでもおいで、子どもたち。 そう告げるとガイアは岩の手のひらを下ろして、またおひるねに入ってしまった。 ぼくの疑問なんておかまいなし。けっこうマイペースなんだね。 このままここにいてもしょうがないので、ぼくたちは帰ることにした。きた道をてくてく戻る。 うーん、それにしてもおじいさんな木か……いたかなあ? 何のことかぜんぜんわかんないけど、ぼくの力になってくれるっていうし、 お家に帰ったらさがしてみようかな。まだおひるだし、時間にはよゆうあるよね。 隣にならぶダナエさんは何かかんがえこんでるみたいで、さっきからずーっとだまってる。 友だちを助けてあげたいけど、その子は今のままでいいって言ってるんだよね。 できれば友だちの気持ちを大事にしてあげた方がいいんだろうけど……ほっとけるわけないよ。 大事な友だちが死ぬのをだまって見てるだけなんてできるわけない。助けたいって思うのは当たり前だよね。 ぼく、ダナエさんが真実をこわがってたほんとの理由がわかった気がしたんだ。 だってもしあの時、ガイアがておくれだって、できることは何もないって答えてたら。 きっと今まで以上に、ダナエさんはつらくて苦しい思いをすることになってたんじゃないかな。 友だちが死ぬのをただ見てるだけなんて、何もできないなんてつらすぎるよ。 ガイアはどっちかっていうと、あきらめなさいって言ってるようにぼくには聞こえた。 ダナエさんはガイアの知恵をどう受け取ったのだろう? 「ルーク」 呼ばれてぼくはふりかえる。 「今日はどうもありがとう。少し落ち着いたみたい」 「ううん、ぼくはなんにも」 「いいえ、助かったわ。本当にありがとう」 そう言ってにっこり笑うダナエさんがなんだかまぶしくて、ぼくは照れ笑いしてしまう。 ダナエさん、きれいだなあ……。 「宿も出る時にチェックアウトしてきたし、このままガトに帰ろうと思うの」 そっかあ、とぼくは少しがっかりする。気づけばあの分かれ道のところに着いていたのだった。 友だちもガト?と聞こうとしたら、ダナエさんはいきなり「あ」と声をあげて右手の薬指にはめてたゆびわを外した。 そしてそしてびっくりしたことに、そのゆびわをぼくににぎらせたんだ! 「これ……。役に立つかどうかわからないけど、受け取って」 「えっ、だ、だめだよ!これ大事なものじゃないの?ぼくはただついてきただけで……」 「いいの。あなたにもらってほしいの」 「……ぅう」 きれいな深緑色のひとみ。 それにじっと見つめられると何も言えなくて、ぼくはけっきょくゆびわをもらってしまった。なんだか悪いなあ。 ダナエさんありがとう、とおじぎをすると、ダナエさんはこちらこそと笑って返した。 それからダナエさんのうしろ姿がちっちゃくなって見えなくなるまで見送ると、ぼくも帰り道へふみだした。 そのとちゅうで手袋をぬいでゆびわをはめようとしたんだけど、どの指も第二関節で止まっちゃう。 しょうがないよね。女の人がはめてたゆびわをぼくがはじめられるはずないもの。ダナエさんの指って細めだったし。 うーん、そうなるとどうしたらいいんだろう。せっかくもらったんだから使いたいんだけどな。 考えながら、ぼくは見てるだけでも目が痛くなりそうな細かいもようをじっと見つめる。 すごい凝ってるもようで、なんだか神聖な感じがする。これって寺院ゆかりのものなんじゃないのかなあ。 ほんとにぼくなんかがもらっちゃってよかったのかな?見るからに高そうというか……。 とそこで、おなかの虫が一声鳴いた。あはは、今はとりあえずお家に帰ろうか。 ぴたりと止まってた足をふたたび動かしたところで、ぼくはどうでもいいことに気がついた。 前に会ってから今日にいたるまで、ダナエさんに名前を呼ばれたのはさっきのただ一度だけだったんだ。 |