迷子のプリンセス





「師匠、いってらっしゃーい!」

「夕方までには帰ってきてくださいねー!」

「はあい、いってきまぁす!」



翌日、ぼくはバドくんとコロナちゃんに見送られてお家を出た。
今日もドミナの町に行くつもりなんだ。おとといドゥエルくんとケンカしてた珠魅くんのことが気になってさ。
だけどあの珠魅くん、名前なんていってたかなあ。きれいな名前だったってことは覚えてるんだけど。
あらためて聞いてみればわかるよね。みたかんじ悪い人には見えなかったし大丈夫だよ。
ドミナの小さな看板をくぐると、目の前には例の酒場がある。
そうそう、入ろうとしたらニキータくんにぶつかって、それから盗賊退治につきあうことになったんだよね。
たった二日前のことなのに、なんだか一週間くらい前のことに感じちゃうなあ。ふしぎだね。
だけど今度はきっと大丈夫。ニキータくんは街道の向こうに行っちゃったんだから。
ぼくはずんずんとすすみ、酒場のドアを開けた。



「そんなわけがあるか!!!」



ぅ、うわ、うわあ。おっきな声だなあ。耳がきーんってなっちゃったよ。
ぶんぶん頭を振って顔を上げると、そこにはあの珠魅くんとかわいい昆虫人の女の子がいた。
女の子の背中には妖精みたいな透明の羽。藍色の髪を長く伸ばしてて、それがとても似合っていた。
今のおっきな声は……たぶん、あの珠魅くん。ぼくのところからじゃ顔は見えないけど、怒ってるのがよくわかる。
女の子はがたがたと震えていて、おずおずと珠魅くんを見上げているだけ。
それが気に入らないのかなんなのかわかんないけど、珠魅くんはますます怖い声で怒鳴ってきた。



「知らないとでもいうのか!アイツがここに来たのは間違いないんだぞ!!」



パートナーが大事なのはわかるけど、あんな女の子をあんな風に質問攻めにするのは絶対によくない。
ぼくは慌てて珠魅くんに駆け寄って止めようと声をかけた。



「ちょっと……」

「ウルサイ。取り込み中だ」



珠魅くんはぼくを振り返ることもなくそう言った。なんだかすっぱり切られたかんじ。



「なぜ黙ってる!オレを怒らせるな……」

「……………」

「何か、知ってるのか!」

「あのー、あのさ!ええと……何があったの?」



ほんとは知ってるのに白々しいけど、ぼくは珠魅くんに事情を聞いてみることにした。
だってこのままじゃ女の子がかわいそうだし。とりあえずあの子から気をそらすことが大切だって思ったんだ。
珠魅くんはぼくをやっと振り返ってくれた。よかった、効果はあったみたい。



「仲間が行方不明なんだ」

「仲間?」

「白いドレスに、長く編んだ髪をたらしてる。妹みたいなものなんだが……心配だ」



珠魅くんはそこで初めて怒った顔から、焦っているようなイライラしてるようなそんな顔を見せた。
近くで珠魅をみたのは初めてだけどやっぱりきれいな顔立ちをしてる。
宝石から生まれる種族だからなのかな。珠魅のほとんどは美人さんが多いって本に書いてあったよ。



ぼくはちょっとだけ考えた。
この珠魅くんにとってパートナーはとっても大事なひとで、何に代えても失いたくないんじゃないかな、と。
その大事なひとがいつの間にかいなくなってて、しかも手がかりはドミナの町にだけ。
だからさ、ほんのすこしだけまわりが見えなくなってたんじゃないかなあ。
町の中で知ってそうなひとをとにかく捕まえて、聞けるだけ聞いて聞いて聞きまくる。
ぼくだって大事なひとがいなくなったらきっときっとそうなるもの。
だからぼくは、この珠魅くんにひとつ提案することにした。



「ねえ、いっしょにそのひとさがそうよ」

「オレと一緒に……か?」

「うん!」

「でも、オレたちに関わると……」



ふわりふわりと目が泳ぐ。珠魅くんは迷ってるようだったけど、他に選択肢はなかったみたい。
ぼくの顔をまっすぐ見て、「助かるよ」となんとなく頼りなさげに微笑んでくれた。
よおし、すぐに出発しないと。珠魅のパートナーは男女で組まれることが多いらしいんだ。
ぼくの目の前にいる珠魅くんが男の子ってことは、パートナーは女の子。モンスターに襲われたら大変。
と気合いを入れたところで、女の子がおずおずと声をかけてきた。
深い深いきれいな緑色をした卵形の大きな石がその小さな両手に添えられている。
女の子から受け取った珠魅くんはふしぎそうにその卵をじっと見つめた。
それはもう見つめすぎて穴が空くんじゃないかってくらいに。だけど、30秒くらいしたあとかな。
珠魅くんはいきなり何かに気づいて、なんだかとんでもないことを言ってくれた。



「真珠姫の香りがする……」



卵からひとの匂いが?っていうか珠魅って鼻が利くんだね……初めて知った。
ほんとにそんな匂いがするのかなあ。ふしぎに思ったぼくは、珠魅くんに卵を貸してもらった。
するとたちまちぼくのからだ全体に、あの心地良い波動が伝わってきた。
この卵、アーティファクトだったんだ。でもどうしてこの女の子がアーティファクトなんて持ってるんだろ?
もしかして珠魅くんのパートナーから渡されたかなにかしたのかな?



「急ごう。真珠姫が心配だ」

「あっ!ちょっ、ちょっと待ってよぉ」



珠魅くんはぼくには構わず、さっさと酒場を出て行ってしまった。勝手だなあ、んもう。
まだ女の子にだってお礼を言ってないのに。それだけ焦ってるのかな。



「んと、あの、ありがとね。そだ、きみ名前は?ぼくはルークっていうんだ」

「……レイチェル。道具屋の娘よ」

「道具屋さん!あのティーポさんがいるところだね!」



レイチェルちゃんはこくんとうなずいた。あのお家の子だったんだねえ。
ぼくはレイチェルちゃんにお礼をもう一度とさよならと言うと、珠魅くんのあとを慌てて追った。
酒場を出てぼくはびっくりした。だって、まさかあの珠魅くんが待ってくれるとは思ってなかったんだもの。



「何してるんだ。早く真珠を探さないと」

「ご、ごめんね。あのね、ぼくルークっていうんだ。きみのなまえは?」

「瑠璃だ」



そうそう、"瑠璃"。そんな感じの名前だったね。



「名前なんてどうでもいい、早く真珠姫を……」

「わかってるよ瑠璃くん。女の子だもんね、早く見つけてあげないと!」

「……………………」

「な、なに?」



いきなり瑠璃くんにぎろりと睨まれた。
な、なにかなあ。ぼく、なにか怒らせるようなこと言ったかなあ。
あんまり睨まれるとこわいよ、瑠璃くん。悪いこと言っちゃったんなら謝るからさあ。



「その呼び方はヤメロ」

「な、なんで?」

「なんでもだ。とにかくその呼び方以外ならなんでもいい」



こ、困ったなあ。ぼくはあんまりひとを呼び捨てで呼ぶのは好きじゃないんだ。呼ばれるのは平気だけど。
だからいつも"さん"とか"くん"とか"ちゃん"をつけて呼んでたんだけど……。
"瑠璃さん"かなあ。んー、ヘンなかんじ。"瑠璃ちゃん"はもっとヘンになっちゃうし。
やっぱり"瑠璃くん"がいちばんしっくりくるんだよね。困ったなあ。
あ、じゃあ!あだなならだいじょうぶかな?"くん"がつかなきゃ問題ないんだよね?よーし、そしたら……。



「るりるりっ!」

「……は?」

「"くん"はダメなんでしょ?だったらるりるりがいい!」

「だめだ」

「えぇぇ!?あっ、じゃあぼくのことも"るーくん"って呼んでいいからさ。それならいいでしょ?」

「アンタ馬鹿か?そんなふざけた名前で呼ばれるこっちの身にもなってくれ」

「るりるりがダメだっていうからそうしたんだよ。まったくわがままだなぁるりるりは」

「わがままだとかそういう問題じゃ……もういい、時間のムダだ。アイツはオレひとりで探す」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ!」



ぼくが必死に止めたにも関わらず、るりるりはひとりで町を出て行ってしまった。
しかもただひとつの手がかりであるアーティファクトをぼくに預けたっきり。
るりるり、どうするつもりなのかなあ。このままじゃきみは真珠姫ちゃんを見つけれないよ。
たぶんどうにかするとは思うけど……心配だなあ。
とりあえずアーティファクトが手元にあることだし、イメージして実現させてみようか。











***











ぴちょん、ぴちゃん、ぴちょん。
天井からぶらさがる鍾乳石から水が落ちて、床の石が少しずつ削られる。
この単調な作業をこの洞窟はいったい何年繰り返してるのかな。
メキブの洞窟はひんやりと涼しくて、湿った床がつるつる滑って結構歩きにくい。
ほんとにこんなところに真珠姫ちゃんがいるのかな。女の子がふらふら寄るようなところじゃないよね。
でもるりるりは真珠姫ちゃんを感じてたみたいだし、レイチェルちゃんも意味なくこんなものくれるわけないしなあ。
ほかにこころあたりがあるわけでもないもんね。でもね、ここすごいんだよ。天然のものとは思えないほど広いんだ。
どうなってるんだろう?自然の力はすごいねぇ。ちょっと進んでみると早くも道がふたつに分かれていた。
困ったなあ、二択はあまり得意じゃないんだけど。とりあえず右に行ってみようかな。
っとと、あぶないなあ。転びそうになったよ。真珠姫ちゃんは転ばなかったかなあ。ケガしてないといいんだけど。

とてとて進んでると、モンスターがいきなり襲いかかってきた。
キノコ怪物のマイコニドが一匹とコウモリモンスターのバットムが二匹だ。
槍を抜いて刃に被せていた布を解くと、ぼくは勢いよく槍を構えた。モンスターたちが一気に向かってくる。
牙を剥いて飛んでくるバットムに狙いを澄まして斬り落として、背後から迫ってきてたもう一匹を両断。
残るはマイコニドだけ。ぶあついからそう簡単にまっぷたつにはできないんだよね。
マイコニドはキノコの笠を上げていかにも毒がありそうな胞子を放った。
これを吸うと体がしびれてしばらく動けなくなっちゃうんだ、気をつけないと。
息を止めて突っ込むと、マイコニドは目を見開いてまさかとでも言いたそうな顔を見せた。
わざわざ胞子を避けていくとでも思ってたのかな?お気の毒に!
マイコニドの真っ白な身体に一本の長い線が刻まれて、やや遅れて気持ち悪い緑色をした体液が迸った。
うえ、顔についちゃったよ。こすってみたけどちゃんと落ちたかなあ。お家に帰ったらまずお風呂に一直線だね。
胞子が完全に散ったのを確認してからぼくは深呼吸した。見ると、マイコニドは既に息をしていなかった。
モンスターが出ることは予測してたけど、いよいよ真珠姫ちゃんが本気で心配になってきた。
だいじょうぶかなあ。たしか珠魅のお姫さまは戦えないんじゃなかったっけ。
あ、そうそう、珠魅っていうのは基本的に二人一組で行動するってこと、言ってなかったよね。
騎士は戦って姫を守って、姫は戦いで傷ついた騎士を涙石で癒すんだ。
涙石っていうのは珠魅の命の結晶。核の傷を癒すただひとつの手段なんだって。
だけど、理由はよくわかんないけど、珠魅たちは今はもう涙を流せないんだ。泣きたくても泣けないんだよ。
それは核の宝石目当てにたくさんの珠魅を狩った人間たちのせいだって言われてるし、
珠魅が心をなくしたせいだって言うひともいる。ぼく?ぼくはやっぱり珠魅狩りのせいだと思うかな。
いま珠魅の数が絶滅寸前になってるのはそもそも珠魅狩りがあっちこっちであったせいなんだもん。
おまわりさんが取り締まってるおかげで珠魅狩りはすっかりいなくなったみたいなんだけ、ど、あれ?

歩いてるうちに、ぼくは妙なことに気づいた。ランプもないのにあたりが明るいんだ。
ちょっと薄暗いけど壁の凹凸まではっきり見える。だけどこんな奥まで外の光が届くとは思えない。
目の前の壁をじぃっと睨んでみるけど………考えてもわかんないことはほっといた方がいい、よね。えへへ。
とにかく真珠姫ちゃんをさがさなきゃ。核に傷がついちゃったら大変だ。
そうして気合いを入れたぼくは足を踏み出したんだけど、数歩のところで立ち止まってしまった。
だってこんなところに女のひとがいるんだ。背中を向けているから顔は見えないけど、それくらいはわかる。
スリットが入った緑色のチャイナドレスに身を包み、後ろでまとめた茶髪をオレンジの大きな花飾りで留めている。
どっちかっていうと繁華街とか、そういう賑やかなところが似合いそうなひとだった。
まさかあのひとが真珠姫ちゃん?……すぐに思い直した。るりるりが教えてくれた特徴とは、ぜんぜんちがう。
真珠姫ちゃんは白いドレスに長く編んだ髪をたらしてる子のはずだ。
緑のチャイナにオレンジの花飾りなんかじゃない。……じゃあ、あのひとは?



「遅かったじゃないか」



気配に気づいてか女のひとが振り返る。その瞬間、冷たい緑の瞳がぼくをまっすぐに貫いた。



「真珠姫ならこの先だ。早く助けてやれ」



ほんと、なら。背中を押してくれてるはずの言葉、なの、に。
なんでなんだろう。この洞窟より、ずっとずっと冷たい空気がぼくを包んでいる。


どうして。なぜかそう問いたくなった。
どうしてここにいるのかとか、真珠姫ちゃんを知ってるならどうして助けないのかとかそういうことじゃなく。

ただ、どうして、と。



「……すまない。人違いだ」



ほどなく女のひとの表情が和らいで、ぴんと張りつめた緊張の糸もぷつりと切れた。
凍った瞳が溶けてぼくを包んでいたあの寒気も消える。けど、だけど。ぼくのからだはまだ笑っていた。
このひとはだれで、いったい何の目的があって。



「ねぇ、きみ、は」



どうして、どうしてそんな。



「……私かい?」



赤く塗られた唇が弧を描いて艶やかに光る。妖艶―――そんな言葉が頭をよぎった。
かつん、かつん。女のひとがこっちに、ぼくへ、少しずつ近づいてくる。





――――だめだ。ころされ、ちゃ





「きゃあぁぁぁぁぁっ!!!!!」



びくん。ぼくも女のひとも、静寂を砕く叫び声に体を震わせた。いまの、さけびごえは。



「真珠、姫ちゃん?」



その時ぼくは、まるで水に打たれたかのようにはっきりと目を覚ました。
そうだ。真珠姫ちゃんをさがしにきてたんだっけ。しっかり、気をしっかり持つんだ、ぼく。
手元の槍をぎゅっと握って、ぼくはその一歩を踏み出した。



「まさか、真珠姫を助けに?」

「う、うん、そのつもり。ほんとはその子のパートナーもいっしょだったんだけど、その、ケンカしちゃって……」



ぼくがそう言うと、どこか動揺したかんじの女のひとはきれいな形をした眉をよせた。険しい表情ってやつかな。



「君。奴らにはあまり関わらない方がいい。あまり深入りすると石になってしまうよ」



石、に?
珠魅に関わったら石になる、なんてこと、ぼくの読んだ本には書いてなかった。
そこでぼくは思い出す。パートナーをいっしょにさがすって言った時のるりるりのあの様子。
「でも、オレたちに関わると……」なんだか何かを心配して、ためらって、迷ってるみたいだった。
あれはもしかしてぼくが石になることをこわがっていたのかな?
たしかに石になるのはこわい。道具屋さんにあった、石にされた魔法学園の生徒の表情もそう言ってる。


でも。でもさ。



「助けに行くくらいなら別にいいよね?」

「何?」

「ちょっとくらいならいいでしょ?だってこのままじゃ、真珠姫ちゃん死んじゃうかも」

「……変わっているな、君は」

「目の前であぶないめにあってる女の子がいるのに、助けに行かない方がへんだよ」



そう主張すると、女のひとは少し黙って、それからやわらかく微笑んだ。
ぼくの意見に賛成なのかな?きっとそうだよね。じゃなきゃあんなにきれいに笑ったりしないもの。



「じゃあ、ばいばい!」



ぼくは思いきって女のひとの横をすり抜けた。
だってあの女のひとこわいんだ。あんな冷たい目をして、ぼくを睨んだ。
ひとちがいだって言ってたけど、だれを待ってたんだろう。あの目が貫くのは、だれのはずだったんだろう。
かつん。ふと思い当たることがあって、ぼくは立ち止まった。
あの緑色の目。だれかを憎むような、恨むような、蔑むような、氷のように冷たい目。
どうしてと問いたくなった意味が少しわかったような気がして、ぼくは女のひとを振り向いた。
ずいぶん遠くなったけど、女のひとの横顔が見える。だけど表情まではわからない。


声には出さずに心の中で、ぼくは問う。

ねぇ、きみは。
どうしてそんなに、さびしそうにだれかを憎み、恨み、蔑むんですか。
きみはいったい、だれなんですか。











***











「おぉーい、真珠姫ちゃーん!!」



ずしんずしんと地響きがする大空洞で、ぼくは無駄だと思いつつも真珠姫ちゃんを呼んでみた。
耳をすましてみるけどやっぱり返事はない。あたりまえだよね。
あんな大きなおさるさんが石斧を振り回しながら暴れ回ってるんだから、出てきたくない気持ちもわかるよ。
大空洞に着いた時、おさるさんは侵入者がよっぽど嫌いと見えて、一直線にぼくに向かってきた。
それから繰り出されてくる斧だのキックだのを避けてるわけなんだけど、どうにもキリがないんだよね。
さて、どうしよう。正直ぼくはあんな大きなおさるさんを倒せる自信がない。
この前戦った巨大カマキリより大きいんじゃないかなあ、あれ。天井に頭が届きそうだもん。
動きも大振りだから、腕を伝って頭まで移動して、目を攻撃なんてことできなさそうだし。
るりるりがいたらどうにかなったかなあ。なんてたって珠魅の騎士なんだし、強そうだよね。
どうしようかなあ。もたもたしてたらこっちがあの斧でまっぷたつにされちゃいそうなんだよね。
かといって下手に攻撃しても体力を無駄に削るだけだし。さあて、困ったぞぅっと。
でも攻撃しないとずっとこのままだよね。うーん、だめもとで攻撃してみよっか。それしかないよ、もう。
そんなわけでぼくは槍を構えて、おさるさんめがけて特攻したのでした。

ぶんぶん振り回される斧に注意しながら足元に攻撃してみるけど、やっぱり大きいだけあってタフなおさるさん。
剣だったらざっくり傷つけられるんだけど、やっぱり槍だと刃が小さいからどうしても傷が小さい。
それでもがんばるしかないんだけど。こんなところで死ぬ気はぜんぜんないもんね!
と、おさるさんがとつぜん大きく息を吸い込んだ。なんだか嫌な予感がするよ。
でもあれはおさるさんだし、まさか、まさかねえ。そんなことができるわけ、って、ええぇぇぇぇぇ!!?
上半身を乗り出し、おさるさんのすぼめた口から火炎放射がすごい勢いで吹き出されてる!
おさるさんなのにそんなことができるなんておかしいよ!火が吹けるとか絶対おかしい!
そういうのはドラゴンとかかっこいいモンスターだけ…って熱い熱い熱い!!
足元を火炎放射が掠めていて、ぼくは慌ててその場から大きく離れた。それと同時に火炎放射も消える。
まわりは岩だし、湿ってるから火の海なんてことにはならないけど、この火炎放射攻撃は結構つらいなあ。熱いし。
やっぱり長期戦はやばいかも。でもどうしたらいいのかなあ。
この前のニキータくんみたいに必殺技でもキメるかな?でもぼく、あんまり強いの使えないんだよね。
そこでぼくは平目板。じゃなくて閃いた。効き目が弱い技でも、急所を突くことができれば倒せるかもしれない。
ようし、と意気込む。狙うんだったら心臓とか、頭とか、そういう急所かな。
おさるさんが盛大におたけびを上げる。うわ、うわあ。これ結構耳に来るなあ。頭にがんがん反響するよう。
なんて油断するわけにはいかない。まだちょっとくらくらするけど、ぼくは下唇をぎゅっと噛んで気を引き締めた。
とりあえずおさるさんの気をそらさなきゃ。ラッキーなことにそこらじゅうに石が転がってる。
そのうちのひとつをつかんで、ぼくはあさっての方向に石をぶん投げた。
からん。小気味良い音に、おさるさんは牙がはみだす口からよだれを垂らしながらぐるりとその方向を振り返る。
わあ、よだれが飛んできたよ。おさるさんのよだれまみれになっちゃうのはちょっと遠慮したいなあ、ぼく。
なんてことを考えてる場合じゃない。おさるさんがあっちで暴れてる隙に気を集中させないと。
まわりの背景をかき消そうと、ぼくはゆっくり目を閉じた。

イメージ。そう、イメージを練るんだ。
槍にしゅるしゅると練られた氣が纏われていく。氣はどんどん槍に纏いつき、限界の限界まで溜まっていく。
がたがたがた。蓄積されすぎた氣に急かされて、槍が震える。ぼくの手から逃れようと暴れ出す。
このまま手を離せば、槍はてんで見当はずれのところへ飛んでいくんだろうな。
だけどそうはさせない。この槍で、あのおさるさんを貫くのがぼくの目的なんだから。
目を開き、暴れる槍を頭の上に掲げる。標的は――――……ずしんずしんと暴れるおさるさんの頭!



「ランサー!!!」



ぼくは勢いよく、おさるさんの頭めがけて槍を放り投げた。
音の先に何もないことにようやく気づいたおさるさんが振り返った時には、もう槍は止められる速さじゃなかった。
避けるにも振り払おうにももう遅すぎる。槍はスピードを落とすことなく飛び続ける。
そしてなんとも形容しがたい音とともに、ぼくの槍はおさるさんの頭を貫いた。



「があぁぁぁぁあぁぁあああああぁぁぁぁぁ!!!!」



ぼくが思ってたより、槍はおさるさんの急所をしっかりと突いたみたい。
おさるさんはひとしきり大きなおたけびを上げ続けたあと、仰向けにひっくり返ってしまった。
ややしばらくけいれんしてたけど、それもやがて途絶えてしまうと、ぼくはおそるおそるおさるさんに近づいた。
……うん、だいじょぶ。もう死んじゃってるみたいだ。それにしてもよくあんな絶妙なとこに刺せたなあ。
ぼく、もしかしたら槍投げの才能があるのかも。冒険はやめてそっちの道に進んじゃおうか?
なんてね、冗談冗談。うまく倒せたのはきっとマナの女神のお導きだよ。
あ、そうそう。槍を返してもらわなきゃね。やっぱり大きいなあこのおさるさん。
ひとりで勝てたのはラッキーだったよ、ほんとに。とりあえず槍は返してね。
うう、耳がキーンってなってる。頭もくらくらするなあ。あんなに大きな声あげるんだもん、まったく。
白目を剥いてるおさるさんの頭にのって槍をひっぱってみるけど、なかなか抜けてくれない。
うんとこしょ、どっこいしょ。……そういえば大きなカブをみんなでひっぱるっていう絵本があったなあ。
あれどこにやったっけ。物置だったかなあ。こんどサボテンくんに聞かせてあげようっと。
そんなことを考えながらひっぱってるとあっけなく槍が抜けて、りきんでいたぼくは転げ落ちてしまった。
鈍い衝撃がぼくの頭を突き抜ける。目の前には火花が散る。どうやらちょうどいいことに岩がそこにあったみたい。



「……ったあぁぁ〜……」



う、うう、痛いなあ。なんか今日は頭がくらくらしてばっかり。
もしかして厄日なのかなあ?こわい女のひとには会うし、大きなおさるさんと戦うし、おまけに岩に頭をぶつけて。
これで真珠姫ちゃんが見つからなかったら、ほんと散々だよね。お願いだから見つかりますように。



「る、瑠璃くん……?」



血は出てないかとぶつけたところをさすっていると、この場には似合わない声が後ろから聞こえてきた。
まるで鈴が転がるようなかわいいかわいい声。もしかして、とそこを振り返って、ぼくはぽかんと口を開けた。
そこにいたのは女の子だった。ただの女の子じゃないよ。すごくすごくすっごくかわいいんだ。
なんだかこの子のまわりだけほんのりと光っているような気がする。気のせいかな?
まず目をひくのがその真っ白なドレス。肩口にたくさん、それから靴にアクセントとしてひとつ真珠が使われてる。
なんだか豪華なドレスだなあ、と思っているのも束の間。胸元にあるモノがあるのにぼくは気づいた。
傷ひとつない大きな真珠。そうか、この子が真珠姫ちゃんだね。
そういえばやわらかそうな栗色の髪はみつあみにしてあるし、守ってあげたくなるような雰囲気だ。
なるほどなるほど、るりるりが必死になってさがすのもわかっちゃうような気がするなあ。
きっとあたりが静かになったから出てきたんだね。岩陰に隠れてる真珠姫ちゃんにぼくはにっこりと笑いかけた。



「だいじょぶ?ケガはない?」

「は、はい……だいじょうぶです。ヒビひとつないです」

「よかったあ。るりるりがドミナですっごくさがしてたんだよ」

「るりる……?あっ、瑠璃くんがですか?」



おずおずと真珠姫ちゃんが淡い緑色の瞳でぼくを見上げてくる。
うーん、なんだか抱きしめたくなっちゃうような子だよね。そんなことしたらるりるりに怒られちゃうけど。
それにしても「ヒビひとつない」ってなんだかおもしろい表現。珠魅だからあたりまえなのかな。



「そうだよー。もうたいへんだったんだから。
さ、いこう。これ以上長引くと、るりるりおまわりさんに逮捕されちゃうかも」



そう言ってぼくは手を差し伸べる。ん?だって手をつながないとまた迷子になっちゃうでしょ?
真珠姫ちゃんはちょっとためらいながら、おそるおそる手を伸ばしてきた。
そして真珠姫ちゃんの小さな手が届くか届かないかのその時に、うしろからこれまた大きな声が響いてきた。



「真珠姫!!無事だったか!?」

「瑠璃くん!!」



真珠姫ちゃんは元気よく立ち上がって、一直線にるりるりのところへ飛んでいった。
ぼくに残されたのは行き場のない左手。う、うん、しょうがないよね。
なんといってもるりるりは真珠姫ちゃんのパートナー。いちばん安心できる場所なんだから。
気を取り直したぼくは振り返ってるりるりに手を挙げて挨拶をしたんだけど、彼の反応はなんだかイマイチ。



「アンタ……何してんだ?」

「しってる人なの……?」

「何もされなかったか?」

「なにも……??」

「まさか、真珠姫の核を?」



最後はぼくに向けての台詞なんだろうな。現にこっち向いてすごい睨んでるし。
しかも腰の剣に手をかけてるし。え、もしかして、そういう展開?
それはちょっと勘弁してほしいかなあ。だって珠魅の騎士ってすごく強いんだよ?



「このひとは、ちがうわ……わたしを助けてくれたの」



真珠姫ちゃんがるりるりの剣の上にそっと手を置いた。
なんだかその動作がとても似合っていて、ぼくは思わずみとれてしまう。



「人は簡単にオレたちを傷つける。オマエは人を信じすぎだ」

「そんなことないわ……」



押し問答になりそうだと思ったのか、るりるりはまたこっちを向いた。
だから睨まないでってば。きみの眼光は尋常じゃないくらいこわいんだから。
真珠姫ちゃんが止めてくれてなかったら、ぼく今頃はまっぷたつにされてるんじゃないかなあ、なんて思う。



「オレの目から逃れて何を企んでいたかは知らないが……」

「あーっ、なんだよそれ!るりるりが勝手にどっか行っちゃったんじゃないかあ」

「ソレで呼ぶなって言っただろう!……真珠姫はオレが守る。アンタの好きにはさせない」

「だからぼくはちがうんだってば」



必死に否定してみるけどまったく聞き耳もたず。ひ、ひどいよるりるり。
でも、きっとしょうがないんだよね。珠魅が人間を信じるなんて難しいことだもん。



「そろそろ、行こう」

「でも……」

「じゃあな」



まるで吐き捨てるみたいにそう言って、るりるりはこの場から早々と立ち去ってしまった。
一方真珠姫ちゃんはおろおろしてたんだけど、やがてぼくのところに歩み寄ってきた。
恥ずかしそうにもじもじしてるところがなんだかかわいい。



「あ、あの……お名前は」

「ぼく?ルークっていうんだ。よろしくね、真珠姫ちゃん」

「は、はいっ」



あらら、顔がクジラトマトみたいに真っ赤だよ。恥ずかしがりやさんなのかな?
るりるりって厳しいから、あんまりひとともお話しさせてもらえてなさそうだしねえ。
なんてことを考えてたら、真珠姫ちゃんがもじもじしながら何かを差し出した。



「ルークおにいさま。あの、これ……」

「へ?」



お、おにいさまってぼくのこと?えへへ、なんだか照れちゃうなあ。
それにきっときみの方が年上だよ。珠魅は不老長寿だもん。
ところで差し出されたのは、石でできた目玉と蛍袋のランプだった。これはもしかしてもしかすると。



「アーティファクト、だよね、コレ。いいの?」

「はい。助けてくれたお礼です」

「や、やだなあそんな。たまたまだよたまたま」



あれはほんとに運だったと思う。もし、おさるさんがもっと利口で動きが素早かったら、こうはいかなかったよ。
よくてるりるりにかっこわるく助けられて、悪くて死んでたね、うん。
それを考えるとぞっとするけど、あの女のひとと向き合った時の比じゃない。
あれはほんとに死ぬかと思った。からだが動かなかったもん。



「おい真珠、行くぞ」

「ごめんなさい。いま、いくわ」



心配になったのかるりるりが顔を出してきた。
また迷子になったら困るし、信用できない人間とふたりっきりっていうのはもっと困るよね。



「おにいさま、本当にありがとうございました」

「ぼくがいなくてもるりるりが来てた。気にすることないよ」



そう言ってもまた真珠姫ちゃんはありがとうと頭を下げて、さよならと手を振った。
ぼくもばいばいと手を振り返す。やがてふたりが岩陰に消えてしまうと、ぼくは手元に残ったそれらを眺めてみた。
目玉はちょっと不気味だけど、ランプがきれい。真珠姫ちゃんはこれを照らしてここまで来たのかな。
ぼんやりと淡く光る薄紫色。ちょっとお気に入りかも。こんなにきれいなのに実現しちゃうのはもったいないよね。
使ったあとも消えないで残ってたらいいのに。そういえばぼくのアーティファクトの使い方は合ってるのかな。
正しい使い方を教えてくれる先生みたいなひとがいてくれたらなあ。なんて、無理かな。
これってぼくだけが扱えるのかなあ。ティーポさんが「車輪」を欲しがってたけど違う意味っぽかったし。
草人くんは、アーティファクトはぼくのイメージに応えるものだって言ってたけど……やっぱりぼくだけなのかな?
魔力なんてぜんぜんなのに、ヘンなの。いったいどうしてなんだろう?

ぼくは血の匂いでいっぱいになってる大空洞をぐるりと見回した。
すっかり動かなくなったおさるさんの大きなからだが見えるけど、今じゃどうだっていいことだ。
ぼくはいったい何者なんだろう。想像力は前から人並み以上だったとは思うけど、
ぱっと見工芸品なモノから町や洞窟を連想なんてしなかった。ううん、できなかったんだ。



「あのゆめをみてから、なのかな」



一昨日、なかみは覚えてないけどなんだかふしぎなゆめを見たんだ。
もしかするとあれが原因だったりするのかもしれない。
どんなゆめだったかなあって思い出そうとするんだけど、なんだかぼんやりとしてて、だめなんだよね。
なんだろうなあ。おおきな木みたいなものが出てきたような気がしなくもしないんだけど。
―――なんて、こんなことをこんなところで考えたってしょうがない、か。

とにかくここを出よう。またおおきなものと戦うなんてもうこりごり。こんどこそあぶないかもしれないし。
今日のこと話したら、サボテンくんはなんて言うんだろう。サボテンくんは珠魅、知ってるかな?
そんなことを考えながら、ぼくは帰路への第一歩を踏み出した。









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