心のある場所





ひとはゆめをみます。
帳が落ちて、しんと静まりかえった深い夜に。
光が満ちて、鳥たちが歌い出す薄い夜明けに。

ひとはゆめをみます。
賢人の啓示を受け、いつか大魔法使いになるんだ。
世界を練り歩いて、いつか自分の伝説を作るんだ。


そしてある日、ひとりの若者がゆめを見ました。


ランプを消してベッドに潜って目を閉じて見るゆめではなく。
胸に希望を抱いていつの日かと思い描いて見るゆめではなく。

祈りと切望。それは遙か彼方の樹の叫び。


わたしをもとめて。
わたしへとあゆんで。
わたしをおもいだして。

ああどうか、どうか。



――――なんてはかない、よあけのゆめ。











◆◆◆











ぼうっと目を開いて、ぱちぱちと瞬きをする。
なにかゆめを見たような気がするんだけど、なんだったかなあ。頭に霧がかかってるみたいだ。
うーんと。うーんと。ああ、だめだ。どんどん消えていく。
すごく大事な内容だったかもしれないのになあ。でも忘れちゃうくらいだから、どうでもいいんだよ、きっと。
あくびをひとつして、ベッドから静かに降りて、鉢の中にちょこんと収まっているあの子に挨拶する。



「おはよう、サボテンくん」



返事はない。うん、この子はすごく恥ずかしがり屋さんで、無口だからしょうがないんだ。
だけどぼくが一日にあったことを話すと、あとでしっかり日記にその感想を書いているんだよ。
日記帳は鉢から離れたところにあるのにどうやってそこまでいくのかな。
もしかしてこの子は歩けるのかなあ。いっしょにおさんぽできたらすてきだよね。
ぼくはサボテンくんににっこり微笑んで、一階に下りた。
今日は何をしようかな。いつものように書斎で本を読んでいようかな。
だけど、ここしばらく外に出ていないことにぼくは気がついた。ずっと読書に夢中だったんだよ。
外に出てサボテンくんとのおさんぽコースを考えるのもいいかもしれないなあ。
槍だってずっと使っていなかったからさびしがってるかもしれない。
うん、決めた。今日は外に出てゆっくりとおさんぽしよう。おいしい物を食べてお家に帰ってこよう。
ゆめの内容をお話しできないのがとても残念だったから、せめてサボテンくんが喜んでくれる出来事に会おう。
サボテンくん、待っててね。きっとわくわくするようなお話しを持って帰ってきてあげるからね。
ぼくは赤い頭巾をしっかりと被り直して、それから槍を手にお家を出た。
まぶしい太陽の光がぼくの目を刺す。思わず細めた目をゆっくりと開くと、目の前に草のかたまりがあった。
そういえばしばらく外に出ていなかったからお庭が雑草だらけになっているかもしれない。手入れしなきゃなあ。
あ、ちがう。草のかたまりなんかじゃない。それは生き物のようで、ぼくのお家の前をうろうろしていた。
ぼくになにかご用があるのかな。声をかけてみたらわかるよね、きっと。
だけど声をかける前にその子はぼくに気がついて、にっこりと笑って挨拶をしてくれた。



「こんにちは。ぼく、草人」



この子は草人というらしい。ああ、ぼくも名乗らなくちゃ。



「こんにちは。ぼくはルークだよ」

「ルーク、あのね。世界はみる人のイメージで変わるんだって。知ってた?」



「え」とぼくは首をかしげた。
いきなりそんなことを言われてもこまるんだけどな。イメージ。イメージって、なんだろう。
目の前の草人くんはにっこりと笑ったまま、ぼくに語りかけた。



「世界はイメージなんだって。他の人はちがうって言うけど、草人はそれを知ってるの。
ぼくがドミナの町があると思うからある。ルークがぼくがここにいると思うからいる。
心が真っ白なひとは、イメージできるんだって。新しい世界に行けるんだって。詩人のポキールも言ってたよ」



それじゃあ。
草人くんがドミナはないと思ってしまったら、ドミナは消えてしまうんだろうか。
ぼくが草人くんはいないと思ってしまったら、草人くんは消えてしまうんだろうか。
ポキールって、だれ?



「きみの心は?」

「ぼくたち、心、ないの」

「たち?」

「草木はみんな、ひとつの根っこで繋がってるの」



なんだろう、わからない。草人くんは何を言っているんだろう。



「これがドミナの町だよ」



草人くんがそっと手渡してくれたのは色とりどりの積木だった。
ぼくは確かにこどもっぽいけれど、積木で楽しくあそべるようなお年頃じゃない。
そう考えたのも束の間。ぼくはこれがただの積木ではないことに気がついた。
なにかな、心地いい波動みたいなものが伝わってくる。気持ちよくなってきて、ぼくは目を閉じた。
まっくらやみが広がるはずなのに、そこにあったのは不思議な空間だった。
暖かい太陽の光。和やかなたんぼのあぜみち。涼しげな噴水がある公園。十字架を掲げる立派な教会。
バザールを飛び交うにぎやかな声。風に揺れる葉の音。小鳥のさえずり。
景色が、音が、ぼくの頭を駆け巡る。これは、これが――――ドミナの町?


ぼくはぼくの胸の中で生まれつつある弾けそうな気持ちに戸惑っていた。
たんぼのあぜみちを歩いてみたい。噴水の流れる水に触ってみたい。教会の美しいステンドグラスを見てみたい。
そうか、これがぼくのイメージなんだ。これがドミナの町なんだ。
バザールには見たこともない品物が置いてあって、見るのも楽しいんだろうな。
木々には色とりどりの小鳥たちがとまっていて、なかよく歌っているのだろうな。
ああ、いいな。ここへ行ってみたい。小鳥たちの美しい歌声を聞いてみたい。
行きたい――――ドミナの町に!


それまで手元で感じていたはずのモノが急になくなって、ぼくは驚いて目を開けた。
そして目の前の光景にもっと驚いた。ぼくは何も持っていなかったんだ。
積木がなくなっていた。確かにぼくの手の中にあったはずなのに。もしかして、落としちゃった?
不安になってきたぼくはおろおろとあたりを見回したりなんかしてみたけれど、積木はどこにも見当たらなかった。



「く、草人くん、ごめんね。ぼく、さっきの積木なくしちゃった。せっかくもらったのに……」



草人くん、がっかりするだろうな。
ぼくだってひとに何かあげたあと、すぐになくされちゃったらきっとがっかりすると思うもの。
ごめんね、ごめんね草人くん。ぼくがぼうっとしてたばっかりに。



「ちがうよ、ルーク。なくしたんじゃなくて、きみは実現させたんだよ」

「え?」

「積木からドミナの町をイメージしたんだよね?」

「う、うん」

「きみのイメージに積木が応えたの。そしてドミナの町は還ってきたの。アーティファクトの封印から」

「あーてぃ、ふぁく、と……?」



聞き慣れない言葉にぼくはまた首をかしげた。



「そう、アーティファクト。きみのイメージに応えて、解放されて、還ってくるもの」



それだけ言うと、草人くんはドミナの町へ行ってくるようぼくの背中を押した。
アーティファクトとか、解放とか、還ってくるとか、わからないことが多すぎるけれど。
でも、行ってみよう。そういえばサボテンくんとのおさんぽコースを考えるのが目的だったんだ。
ドミナの町のイメージは暖かかった。サボテンくんといっしょに歩けたら、きっととてもすてきだろうな。




――――この時ぼくは、これからいろいろと大変なことに巻き込まれるとは、
けっきょくサボテンくんがぼくを置いて、ながーいおさんぽをひとりでしてしまうとは思いもしていなくて。
草人くんに見送られながらのんきに槍を担いで、軽やかな足取りで歩きはじめてしまったんだ。









戻る。